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どうして自然農をするようになったのか

1,幼少期~畑を借りるまで

自分の生い立ちを書きたいと思います。

父親と母親との3人暮らし。3歳くらいから、よく風邪や下痢をして、

体質は弱ったと思います。

4歳くらいから、自宅の庭の虫や草、花、木などに関心を

持っていました。カタツムリ、なめくじ、ジグモ、アリ、

動く虫に興味を示し、アジサイ、柿、みかん、里芋、菊、つつじなど

を見て喜んでいたのを記憶しています。

また、夜空を眺めるのが好きで、星や惑星といった宇宙のことが

好きでした。

そんな中で、大学を卒業して、営業としてサラリーマンをしていましたが、

1年半で辞めて、家でゴロゴロしていました。

そんな、ある日の朝、父親が立てれなくなったと言いました。当時、24歳くらいで

どうしていいのか分からず、とりあえず病院へ。脳梗塞と診断され入院。その日に

悪化して、左半身麻痺となりました。

父親は家で繊維の下請けをしていましたので、空いた時間に親戚から借りていた

畑で野菜を作っていました。その畑を父親ができなくなってしまったので、

当時、仕事を辞め、農業になんとなく関心のあった自分が、親戚の叔父さんに

頼み、僕が畑を継続してすることを了承してもらいました。

父親は昔は農業をしていたそうで、親戚から借りていた2畝ほどの

畑で、いちご、里芋、スイカなどとても上手に作っていました。

子供の頃は一緒に畑に連れて行ってもらい遊んでいたのを記憶しています。

また、自宅の隣は、親戚の方の畑で農業の様子は日常的に見ていましたので、

農業に関心があったのかもしれません。

2,どんな農法を選んだか

自宅の隣の畑は慣行農法でした。専業農家ですから本格的です。大型の機械で農地を耕し

石灰や消毒、化学肥料などを投入。時には根や茎を腐らせる薬剤を投入していました。

どれも、家の窓の隙間をぬって、不快な臭いがしていました。それが気持ちが悪くなる

ようなものでした。身体には良くないとは感覚的に分かっていました。

時々、野菜をもらっていました。大変、ありがたいことですが、味にえぐみがあるもの、

まずいなと感じるものもありました。キャベツ、キュウリ、肥大化した白菜、大根、かぶ

など。そして、畑には虫といえば、キャベツの時のモンシロチョウくらいでした。

畑には野菜しかない。草を邪魔、敵として、頻繁に除草剤を散布。虫がほとんどいない。

僕が小学生くらいのころから、自宅の周囲や近所の公園、田んぼの畦、用水などでも

除草剤をするようにするようになっていきました。

8~10歳くらいまでは、田んぼの用水には、フナ、メダカ、ザリガニ、ニホンザリガニ、

カエルなどがたくさんいました。小さいフナを捕まえて、大豆と豆味噌と一緒に炊く、

愛知県や岐阜県の郷土料理の鮒味噌をよく食べたものでした。一番の好物!

田んぼの用水から生物が徐々にいなくなり、カエル、少しのザリガニ、ジャンボタニシ

くらいになってしまいました。

そういうことが分かっていたのと、自分の体調がいつもイマイチで、下痢をよくするが

薬を飲んでもそれは止まらない、収まらない、風邪を1年に4回以上は引き、

それはづるづると長引き3週間くらいひきずる、夕方になると疲れやすい、両足に魚の目

がある、虫歯になりやすいなどで、自分の健康面、父親の病気を通して、病気に関する

ことに問い直しをしているところでした。

だから、最初はたまたま見つけた、農薬を使わない野菜づくり

という本を見てそれを実践してみようと思っていました。

続く